死ぬ前に見たい夢のような
※2019年8月3日福岡ヤフオクドーム「十五祭」のネタバレを含みます。レポートというわけではなく、私の今、ライブ中考えたこと、感じたこと、目にした光景を書いただけです。ぐちゃぐちゃです。私にできるのはいつだって私の話だけで、もしかしたら、誰かを傷つける文かもしれない、でも、誰のことも傷つけたいわけではなく、ここに私の今を証明させてほしいだけです。よろしくお願いします。
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ライブが決まったとき、いつも通りともだちにラインして全員の写真を頼んだ。浪人中でまだ県内にいるという話をしたら、一緒に行こうと誘われた。春に大学に落ちて(精一杯やったから現役受験に失敗したとは思ってないです)、今は予備校に通ってる身だし、関ジャニ∞のライブにはいつか自分で稼いだお金で行きたいと思っていたので行っていいのか随分迷った。でも、予備校の先生が、「今しか行けないところ、見れないものもあるから、そこには、どうか行ってください」と授業で話していて、(ノートルダム寺院が燃えたときでした)そうだよなぁ、と思った。
明日があると信じて今日を生きる人間の傲慢さを、私は愛しているけれど、でも、私の人生は私のものだし、今しかできないことは、やっぱり、あるよなぁ、と思いました。
行くことにしました。
2019.8.3.ヤフオクドーム「十五祭」
君はちゃんといた。
私が関ジャニ∞を知ったのは8周年の映画「エイトレンジャー」のときで、本格的に人生が傾いたのは、友達に貸してもらった「jukebox」のライブDVDを観たとき。「宇宙に行ったライオン」を歌う君は、本当に、輝いていました。
私は、君の門出を心から祝福したかったし、祝福してるつもりだったし、君が、君のやりたいことをやりたいと言える環境にいたことが、嬉しかった。君のことが好きだから。それでいいよ、って言うことしか、私にはできない。そしてその上で、それでも、彼らがここにいる、と言ってくれたことが、本当に嬉しかった。だから私は、彼らに、会いに行ったんです。ペンライトが8色に光ることを何度も何度も確認して、黄色にして握りしめていました。私の敬愛するバンドエイトのフロントマンの色です。まっすぐ、立って、音楽を続けてくれる彼のことを心から尊敬して愛しています。
でも、
でもさぁ……
君が、いた……。
OP映像で、実写ではなかったけど、君がいる、と認識したとき涙が素直に出てきて本当にびっくりした。嬉しかった。関ジャニ∞の“歴史”を語る上で、君がいて、君がいたから、今の関ジャニ∞に繋がっていってくれていること、ちゃんとわかっていたけど、彼らがああして見せてくれて、本当に、嬉しかった。君の背中が映ったとき、やっぱり、私は間違ってなかった! と心の底から思えた。君の背中を押してくれて、本当にありがとう。君を好きでいてよかった。彼らをずっと、好きでいて、よかった。関ジャニ∞を信じていて、本当に、よかった。
(それからライブ中メンバーが楽しそうにしてるので泣いてたし、過去の映像で笑ってる君が映ったときもどうしようもなく泣いてしまった。意地はって去年全然泣けなかったぶんかもしれない。でも、本当に、本当に嬉しかったんです。笑いながら泣いてました。)
そして進化した∞o'clockが始まって、ああなんて贅沢なライブだろうと思った。私がいつも聴いてる、アーティスト関ジャニ∞のシャッフルみたいなセットリストだった。迷ったけど、なにも調べずに行ったから、イントロが流れるたびにびっくりした。関ジャニ∞の十五年間が、ぎゅうぎゅうに詰まっているのがわかって、彼らの優しさが身にしみた。関ジャニ∞に関わってきた企業とか、人とかへの関ジャニ∞からの愛、それらの関ジャニ∞への愛を感じた。誇らしかった。
開演から会場のライトがずっとカラフルで、大森靖子さんが見た光景はこれだったのかとようやく合点がいった。以前ももクロさんのライブでヤフオクドームに来たときは、メンバーが近くに来ると一斉にそのメンバーの色にペンライトが変わって、メンバーへの敬意に溢れてて、壮観だった。でも、あの日は、みんなずーっとカラフルなままで、(私自身ずっと黄色だった)それはそれで本当に敬意があって、なによりみんな自分の意思をちゃんと握りしめていて心強かった。あの空間に存在することができてよかった。関ジャニ∞が大好きだし、eighterさんが大好きです。彼らをここまで連れてきてくれて、本当にありがとう。
関ジャニ∞は、最低で最弱なときでも、ずっと最強だよ。
音楽があったから。
私は、彼らのこと、まだまだ全然知らない部類に属している自覚はあるけど、でも、ずっと彼らの音楽が好きで、なんならメンバーの顔と名前が一致するより先に彼らの音楽を愛していたから、曲ファンだな、と思ってた時期もあるぐらいで、とにかくずっと彼らの音楽に寄り添ってもらってました。関ジャニ∞の音楽を愛していて、それをこちら側に手渡してくれる関ジャニ∞を愛していたんです。
アンコールのとき、スクリーンの両脇で流れるMVでは君が歌っていて、でも、現実では彼らが歌っていて、彼らの歌声を聴きながら、私は、私の大好きな関ジャニ∞の音楽が未来へとただまっすぐ伸びていっているのを見た。
十五祭は、彼らの十五年間がぎゅうぎゅうに詰まっていて、そしてそれを浴びている私の五年間も、ちゃんと彼らの音楽に反射してきらきらと眩しかった。
ごめん踊れないから棒立ちしてると思う、と開演前から3回ぐらい隣のともだちに断ってたけど、自然と体が動いたし、知らない間になんとなく振りも覚えてたんだなとびっくりした。私は、私が、思ってた以上に関ジャニ∞のことを見ていて、大好きだったんだな、とようやく気づいた。自分で自覚している以上に好きだった。
五年間。
たった五年、かもしれない。
もう五年、のような気もする。
でもこの五年間で関ジャニ∞を好きになったことに、私は、本当に、よかった! としか思わない。ありがとう! という感謝しかない。
これからも大好き。
そしてそこにそれでも音楽があったから。
そして、音楽が残る。
彼らの音楽が、より一層遠くまで響いていってくれることを祈ります。十五歳、おめでとう。これからもよろしくね、大好きだよ。
ではまた